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第33回旭ビ教養講座
2019.12.24 Tuesday 09:49

ペプルビーチ・・・ボールが斜面を駆け上がる!!グリーン 

「死ぬ前にあと1回だけプレーできるとしたどこを選ぶか?」の質問に、ジャック・ニクラウスは「セントアンドリュース」と答え、タイガー・ウッズは「ペブルビーチ」と答えたのは有名です。

 ペブルビーチ・ゴルフリンクスPebble Beach Golf Linksは米カリフォルニア州の世界を代表するペブルビーチ・リゾートのメインコースで、サンフランシスコ空港から車で南へ約2時間半、モントレー半島の南側に位置します。ここは、毎年ATTペブルビーチナショナルプロアマが行われる海沿いのコースで(写真上)、私は2012年にここを回ることができました。予約は簡単で、ぺブルビーチ・リゾートに直接申し込みのEメールを出すだけです。また、また、ゴルフ・バック等に付けるタグを買うと、無料で名前を彫ってくれました(写真中)
 ぺブルビーチは一般人でもプレーできるパブリック・コースですが、すぐ近くにある同じくパブリックであるスパイグラス・ヒルSpyglass Hill、スパニッシュ・ベイSpanish Bayとともに3難コースと言われています。
 スパイグラスヒルとペブルビーチを回る前に、デル・モンテ・フォレストDel Monte Forestを家内と二人でセルフで回りました。後ろから1人で来ていると思われる男性が追い付いて来たので、「お先にどうぞ」つまり、日本でいう“パス”をしようとしたところ、「一緒に回らないかい?」となり、全く知らなかった人と突然一緒にプレーするようになりました。日本ではスタート時にクラブの支配人から「一緒に回ってくれませんか」とお願いされることはありますが、声をかけ合い突然一緒に回るようになることはおよそ日本では考えられないことです。「そう!?東京から来たのかい?僕はテキサスからだけど、日本から来た“ユー”はすごいね!などと話しながら楽しく回りました(彼の“ユー”が、テキサスレンジャーズのダルビッシュ優であることに気づくまでにはかなり時間がかかりましたが(・・;))。 アメリカらしいフレンドリーさを感じました。
 次に、スパイグラスヒルを回りましたが、1966年開場のこのコースの名はこの地に縁があるロバート・ルイス・スティーヴンソンRobert Louis Stevensonの冒険小説「宝島」に由来しているそうで、日本語訳の小説ではスパイグラスヒルは「遠眼鏡山」となっていました。“遠眼鏡”とは望遠鏡のことです。
 ここはロバート・トレント・ジョーンズ・シニアRobert Trent Jones Sr.が設計したコースで、シニアはこのスパイグラスヒルの他、ペブルビーチのセミプライベートコース、ハワイのマウナケアGC、スペインのバルデラマGCなども設計し、日本では、軽井沢72ゴルフ西コースを息子のロバート・トレント・ジョーンズ・ジュニア(Robert Trent Jones Jr.)と作っています。
 ご一緒させていただいたお二人は、奥様は普通の白人の女性でしたが、ご主人は、映画に出てくるアメリカ・インディアンの酋長のような風貌の方で、奥様からハワイで不動産業をやっている、とお聞きしたのですが、彼は「Good shot!」とも「Beautiful!」とも言わず(今まで回った方は、お世辞にも言ってくれました、、)一切しゃべらず、「この人、怖いな〜〜〜」と思いながら一緒に回っていました。ところが、イン・コースに入り10番で、突然、「スローリー、スローリー」と言って自分のドライバーをゆっくり振ってくださいました。それを見て、私は自分のスイングが速くなっていること気がつきました。ラウンド中で彼の声を聞いたのはこの時だけでしたが、何かとても嬉しく感じました。
 フェアウエイは暖地型芝草のペレニアル・ライグラス、グリーンはポアナであることは予習して行きましたが、そのペレニアル・ライグラスはとても“ねちこく”、今まで回った寒地型芝草ケンタッキー・ブルーグラスも“ねちこ”かったですが(北海道の大雪山CC、登別CC、小樽CC)もっと“ねちこ”かったです、、(日本の本州では、フェアウエイ高麗/ラフ野芝、グリーンはベントが多いです)
 そして、最後にペブルビーチでしたが、ここはJ.ネビルとD.ラントにより設計され1919年に開場しましたが、その地域の開発を始めたのはサミュエル・モールスで、“モールス信号”発明者モールスの子孫だったそうです。
 キャディーをつけないといけないのですが、コース乗り入れ不可のカートに4バック積んで、そこからクラブを持ってきてくれました。キャディの名はサムと言って小柄でしたがしっかりした体型の黒人の方でした。
 アウトは右側がずーっと海、つまり(右利きのゴルファーにとって)ずーっとつま先下がりのライなので、絶対スライスや高いボールを打ってはいけない、と当時習っていたレッスンプロのアドバイスを聞いて日本で練習してきたお陰で、私はアウトではボールを1個もなくしませんでした
 が、7番ショートではトップしてしまいボールはライナー性に、、、ラッキーなことにグリーンを超えた奥(別な言い方をすると、向こうの崖っぷち)のラフで止まりました(写真下)順番が回ってきて打とうしたら、一緒に回ることになったイギリス人(映画「X-MENのウルヴァリンのような方)から、「それを打つのは君の勝手だけど、僕達は打った後に君が崖から落ちていくのは見たくないから無理しないでよ!」とからかわれました、、ボールより左に立ちウエッジを閉じハンド・ファーストにして打ったので、崖からは落ちずに済みました!
 私は兼ねてから、日本のコースを回っていて、疑問に思っていたのが、パターを打つ時キャディさんがピンを持って「ボール2個左」とか「ボール1個分右に打って」とか言って切れ方を教えてはくれるのですが、「それって、打つ“強さ”によって切れ方が全然違うでしょ!」と兼ねがね思っていました。
 この疑問、問題を解決してくれたのがサムでした。アウトでは、芝目は陸から海へ風の吹く方向でずーっとつま先下がりの傾斜と芝目が一致しており、ボールが切れる方向を予測するのはあまり難しくありませんでした。しかし切れ方が半端でなく「これどうやって打てば、、、」と思っていると、サムは抜いたピンを持って、こちらから見てカップの手前の30で右側の地点をピンの先で差して、「Taiichiここまでまっすぐ打て。あとはbreaking leftするから」このアドバイスは、私が今まで受けたアドバイスの最高のものでした。サムの持ったピンの差す位置は時にカップの10兌蠢亜∋に50兌蠢亜¬渭澄▲ップそのものを差すこともありました。難しいラインが嘘のように入りました。
 そして、後半の海が見えなくなったインに入るとボールが傾斜を駆け上っていくようにも見える!!非常に芝目が効いたグリーンになり私が驚いていると、サムの持ったピンの先はカップより10冂向こう!!になりました。「Taiichi、曲がる前に入れるんだ!」目から鱗でした。確かに曲がる前に入れればいいのです!しかし、当時私はパターが“まっすぐ”打てなかったので(今でも、時々そうですが、、)ボールが少しでもカップの真ん中を外れるとカップの縁を回って左右に出てしまい、結局後半パットは入らなくなりました。でも、とてもいい勉強をしました。パターをまっすぐ打つこと、それはセントアンドリュースでも痛感しましたが、ゴルフの基本なのですね。
 日本に帰ってから、この“ボールが駆け上る”ポアナ芝を復習して驚いたのが、これは「スズメノカタビラ」という雑草だったことです。セントアンドリュースのグリーンではたまに使われることは知っていましたが、何とスパイグラスヒルもペブルビーチも日本では“雑草”扱いの芝がグリーンに使われていることに驚きました。ポアナ芝は、ベント芝に比べて根が深く、密集していて、踏むとフカフカと柔らかく、グリーンの速さ、方向とも一定になりにくいそうです。

 日本では雑草として虐げられている芝がアメリカの名門コースで使用されている理由は、ポアナ芝は高温多湿に弱く、日本では真夏になると枯れる部分も出てきてマダラ模様のグリーンなってしまうのが、カリフォルニア州のモントレー半島などは降雨量も少なく高温にならないので、ポアナ芝は1年中安定した状態を保つことができるからだそうです。ポアナグリーン克服法は、「ショートパットでもカップの向こう側に当たるぐらいしっかり打つこと。タイガーはそれができるから強い」とは青木功さんのコメントですが、「だから、タイガーが最後に選んだのは、ペブルビーチなんだ」と妙に納得しました〜


Category : ゴルフ | Author : tmek | - | - |